対戦中のゼロ戦では、巡航速度での飛行時間をできるだけ長くするために、様々な試みが実施された。
長大な距離を飛行しての作戦行動を実現するためには、できるだけ燃費を良くしないといけなかったためなのだが。
結果としては、エンジンはできるだけ低速回転、回転が落ちる分、ピッチは高くする、という運用となった。
ゼロ戦は我々模型飛行機屋が用いている固定ピッチではなく可変ピッチなので、このような芸当ができることになる。
では、なぜ?ピッチを高くすると「省エネ」となるのであろうか?
ということで、このなぜ?を追求するために空力特性の簡易シミュレーションソフトウエアを作成してみた。
取り掛かったのは2年前から。いろいろ時勢を考えると、とりあえず発表しておかないといけないよな?
と考え、公開することにした。
プロペラの力の発生の源は、「翼素」と呼ばれる部分になる。
いわゆるプロペラの「翼型」に相当するところになるのだが。
「翼素」としての特性は、プロペラも主翼も大差はない。
もっともプロペラは回転運動でピッチ分布もあり遠心力も働くし、ブレード間の干渉も発生する。
これらの要素はすべて「効率が悪くなる」要素であり、推力に影響するのは「翼素」の揚力だけ、と、ちょっと寂しい状況になるのだが。
そこで、翼素のみで、どのような条件が「効率がいいのか」を考えることにする。
とても似ている状況は、FF機の滑空状態と同様となる、と考えるのは、決して飛躍しすぎではない。
翼型に働く力を航空力学関係の本で勉強すると、「揚抗比」という言葉を覚える。
揚力が大きくて抵抗が小さければ、より小さな力で飛ぶことができるし、
プロペラであれば、小さい出力でよりおおきい推力が得られるよな?
よって「揚抗比が大きければ、効率がよい」ということに気がつく。
ということで、「揚抗比が大きければ、効率がよい」そして「最大揚抗比で用いれば、最大の効率を発揮する」
であろう、と予測するのはあたりまえのところだろう。
ところが実際は異なる。これは経験からすでに判明していたところだが、
理論的にも「もっと効率のよいところがある」と理解が進むことになった。
では、「もっと効率のよいところがある」とはどこなの?というお話をしてみよう。
グラフは、仮想的に実現した翼型の空力特性になる。
実際の翼型はここまでの性能はなかなか出ないのだが。
一応、対象翼の翼型となっている。
グラフは、仮想的に実現した翼型を用いて主翼とし、空力特性を計算したもの。
この場合、あくまでも水平飛行を行う前提で、様々な速度で飛行した場合の空力特性としてまとめてみたもの。
わかりやすくするために、揚抗比曲線、ならびに消費エネルギーの曲線を描いてみた。
面白いのは、最大揚抗比の速度と最小エネルギーの速度がずれていること。
あれあれ、最大揚抗比の速度って省エネ速度でないの?ということがわかる。
では、最小エネルギーの速度ってなに?というと、実は「最小沈下率」という用語で呼ばれている。
一方、最大揚抗比の速度での飛行は、「最大滑空比」と呼ばれているのであるが。
FF機の滑空調整では、一定の沈下率で飛行させてみて、一番遠くまで飛行するように調整する。
これは、「最大滑空比」での飛行を見極める、つまり、最大揚抗比の飛行速度を見極めることになる。
ちなみに、この状態で調整していてはハンドランチグライダーの大会では入賞は難しい。
ここで、わずかに水平尾翼を撓めて、もう少し遅い速度で滑空するように調整する。
そうすると「最小沈下率」に近い状態になり、もっとも「省エネ」で飛行するようになる。
グライダーのエネルギーというのは位置エネルギー、もっとも省エネで飛行するということは
「滞空時間が一番長くなる」
ということが理解できる。
「最小沈下率」つまり「省エネ」の翼素の仰角というのは、結構大きな仰角となり「最大滑空比」の仰角よりもさらに大きいところにある。
ゼロ戦の巡航速度では、「省エネ」にするため、「最小沈下率」となる大きな仰角を用いることとし、同時に回転数を下げて用いることで実現していたことが理解できる。
ちなみに、大きな仰角にしてゆくと、「失速」が始まる。
シミュレーションのソフトでは、「失速はするものの揚力は落ちない」ものとした。
つまり、
失速仰角>最小沈下率の仰角>最大滑空比の仰角 という関係が成り立っている。
ということが理解できる。
実際の模型では、最大滑空比になる前に失速したり、最小沈下率の仰角になる前に失速する、ということも多発する。
こうなると、「翼型どうしたらいいんだ?」なんて悩むことになってくる。
追伸:
ダイソンの扇風機は、大量の風を送風することができる。
だから、「このような翼を実現できれば飛行機が浮かぶのでは?」という相談を受けたことがある。
答えはNO
なぜなら、空気の運動エネルギーを揚力に換える翼面に伝える仕組みが存在していないためなのだが。
細いスリットから噴出した空気は、周りの空気を効率よく巻き込んで大量の風を作ることはできる。
しかし、せっかく高速で噴出した空気の運動エネルギーは、いわゆる翼面には伝わっていない。
扇風機であれば、プロペラの翼素に空気の力が伝わるのだが、ダイソンの扇風機にはそのようなものがない。
噴出した空気のエネルギーは、周りの空気にを巻き込んで加速することに使われる。
ダイソンの扇風機が効率がよいのは、余計な翼素に伝わって消耗するエネルギーが少ないので、
逆に扇風機としては効率がよい、という結果になっているように思えるのだが。